DX推進の現場にいると、こんな場面に出会うことがあります。
DX推進担当者が現場の課題を聞き、新しい業務フローを考える。
現場の担当者からも、
「これなら今より楽になりそう」
「この作業がなくなるなら助かる」
といった反応が出る。
ところが、いざ実際に業務を変えようとすると、課長や部長から、
「今のやり方でも問題なく回っているのでは?」
「念のため、今までの運用も残しておいた方がいい」
「そこまで変える必要があるのか?」
といった意見が出て、なかなか前に進まない。
そしてDX推進担当者から見ると、「管理職がDXのブレーキになっている」ように見えてしまいます。
私自身、企業のDX推進を支援する中で、このような場面を何度も見てきました。
ただ、最近はこの問題を単純に「管理職の理解が足りない」「頭が固い」と考えるのは違うと思っています。
管理職には、管理職なりの事情があります。
そして、その事情を理解せずに正論だけで説得しようとしても、DXはなかなか前に進みません。
DX担当者と管理職では「見えているもの」が違う
まず理解しておきたいのは、DX推進担当者と管理職では、同じ施策を見ていても見えているものが違うということです。
DX推進担当者には、新しい仕組みを導入した後のメリットが見えています。
- 転記作業がなくなる
- 情報共有が早くなる
- Excel管理から脱却できる
- Power Automateで定型作業を自動化できる
- SharePointに情報を集約できる
だから、「こちらに変えた方がいい」と考えます。
一方、管理職には別のものが見えています。
- 新しい仕組みが止まったらどうするのか
- 現場が使いこなせなかったらどうするのか
- 今まで問題なく動いていた業務に支障が出ないか
- 問い合わせが増えないか
- 移行期間中に混乱しないか
- 問題が起きたとき誰が責任を取るのか
つまり、DX推進担当者が「変えるメリット」を見ている一方で、管理職は「変えるリスク」を見ています。
ここを理解せず、
「新しい方が便利です」
「Power Automateなら自動化できます」
と説明しても、話が噛み合わないのは当然です。
「今のやり方で問題ない」は、本当に問題がないのか
管理職からよく出てくる言葉の一つが、
「今のやり方でも特に問題なく回っている」
です。
確かに、そうなのかもしれません。
Excelに入力する。
別のExcelへ転記する。
担当者へメールする。
承認者が内容を確認する。
また別の台帳へ記録する。
一つひとつの作業を見ると、致命的な問題ではない。
10分程度の作業であれば、「わざわざ仕組みを変えなくてもいいのでは?」となるのも分かります。
しかし、ここには一つ落とし穴があります。
「仕事が回っていること」と「良い業務プロセスであること」は同じではありません。
毎日10分。
毎週30分。
毎月数時間。
一つひとつは小さな非効率でも、それが10人、100人、数年間と積み重なれば大きなコストになります。
さらに厄介なのは、同じ仕事を何年も続けていると、その非効率自体が「普通」になってしまうことです。
本来なくせるはずの転記作業も、確認作業も、メールも、「仕事とはそういうもの」として組織の中に定着していきます。
だからこそDXでは、現在の業務が動いているかだけではなく、「そもそも、この業務プロセスは今でも最適なのか?」を問い直す必要があります。
業務改善をツールから考えてはいけない理由については、「Power Automateを導入しても業務改善が進まない理由」でも詳しく解説しています。
管理職ほど現状維持を選びやすい理由
それでも、管理職が現在の運用を残したがるのには理由があります。
今の業務には多少の非効率があっても、「この方法なら仕事が動く」ことは分かっています。
一方、新しい仕組みは、まだ実際に運用したことがありません。
現在の運用:非効率だが結果を予測できる
新しい運用:効率化できそうだが結果を完全には予測できない
という状態です。
しかも管理職は、その業務に責任を持っています。
新しい仕組みに変えて問題が起きれば、
「なぜ変えたのか」
と説明するのは管理職です。
そう考えると、管理職が慎重になるのは、ある意味では合理的です。
ここでDX推進担当者が「今のやり方は古いです」「新しいツールを使った方が効率的です」と正論で押しても、管理職の不安は解消されません。
必要なのは、管理職を論破することではありません。
「変えても大丈夫だ」と判断できる材料を用意することです。
管理職はさらに「上への説明責任」を抱えている
そして、もう一つ見落としてはいけないことがあります。
管理職自身も、組織の中間にいるということです。
DX推進担当者や現場からは、
「この仕組みを導入したい」
「この業務を変えたい」
と言われる。
しかし、その施策に時間や予算を使うのであれば、管理職は担当役員や事業部長などに、「それによって何が良くなるのか?」を説明しなければなりません。
そこで求められやすいのが数字です。
- 何時間削減できるのか?
- いくらコストが下がるのか?
- 何件の業務を改善できたのか?
- 投資対効果はどの程度なのか?
これは経営側からすれば当然の質問です。
ところが、DXの成果は、すべてが短期間で数字に表れるわけではありません。
DXの成果は「削減時間」だけでは測れない
例えば、DXによって次のような変化が起きることがあります。
- 必要な情報を探しやすくなった
- 特定の担当者しか分からなかった業務が標準化された
- 新任者でも業務を理解しやすくなった
- 部門間で情報を共有しやすくなった
- 入力や確認に対する心理的な負担が減った
- 社員が自ら業務改善を考えるようになった
これらも企業にとって重要な成果です。
しかし、
「従業員が仕事をしやすくなりました」
だけでは、経営層への報告材料として弱い。
ここで管理職は板挟みになります。
DX推進担当者からは、「良くなるから進めたい」と言われる。
一方、経営層からは、「それで、どんな効果が出るのか?」と聞かれる。
管理職がGOを出せない理由は、DXに反対しているからではなく、「上に説明できる材料が足りない」からかもしれません。
DX推進担当者は、この構造まで理解する必要があります。
「数字で示せ」だけでも危険
では、すべてを数字にすればいいのでしょうか。
私は、それも違うと思っています。
例えば、「月20時間削減できます」という施策は、とても説明しやすい。
一方で、
- 属人化を解消する
- 必要な情報へ誰でもアクセスできるようにする
- 新任者の立ち上がりを早くする
- 社員が改善活動に参加しやすくする
といった施策は、短期間では金額換算しにくいものがあります。
だからといって、価値が低いわけではありません。
数字だけを追い始めると、「測りやすいもの=価値が高いもの」という誤った判断に陥る危険があります。
DXでは、定量的な成果と定性的な成果の両方を見る必要があります。
DXの成果を3つに分けて考える
私は、DXの成果を大きく3つに分けて考えると整理しやすいと思っています。
1.定量成果
最も説明しやすい成果です。
- 作業時間
- 処理件数
- コスト
- エラー件数
- リードタイム
- 問い合わせ件数
などです。
「月20時間かかっていた作業が5時間になった」という成果であれば、経営層にも説明しやすくなります。
2.業務成果
次に、業務そのものがどう変わったかを見ます。
- 属人化が解消された
- 業務が標準化された
- 二重入力がなくなった
- 情報を検索しやすくなった
- 引き継ぎしやすくなった
- 担当者不在でも業務が止まらなくなった
これらは必ずしもすぐに金額換算できませんが、業務継続や生産性という意味で重要な成果です。
3.組織・人の成果
さらに、その先には人や組織の変化があります。
- 従業員満足度が上がった
- 業務に対する心理的負担が減った
- 社員が自分から改善案を出すようになった
- デジタルツールを使うことへの抵抗が減った
- 部門を越えて改善事例が共有されるようになった
DX推進では、こうした変化も無視できません。
定量成果 + 業務成果 + 組織・人の成果
大切なのは、どれか一つだけを見るのではなく、この3つを組み合わせて評価することです。
例えば、
月15時間の作業時間を削減した。さらに業務を標準化したことで、担当者不在でも別の社員が対応できるようになった。利用者アンケートでも、多くの社員が以前より業務を進めやすくなったと回答している。
という形なら、単純な「15時間削減」よりも、DXによって起きた変化を立体的に説明できます。
DX推進担当者は、仕組みを作るだけでなく、管理職が上へ説明できる成果の見せ方まで設計することが重要です。
管理職を「正論」で説得しようとしない
ここまで考えると、DX推進担当者がやるべきことも変わってきます。
管理職に対して、
「この方が効率的です」
「Power Automateならできます」
「他部署では成功しています」
と説明するだけでは足りません。
管理職が知りたいのは、「本当に変えて大丈夫なのか?」、そして「変えた結果を、自分は上にどう説明できるのか?」だからです。
つまりDX推進担当者が用意すべきなのは、ツールの説明資料ではありません。
意思決定の材料です。
「こう変えましょう」ではなく「こう安全に変えましょう」
では、どうすれば管理職が判断しやすくなるのでしょうか。
私は、次の流れを見せることが重要だと考えています。
現状業務(As-Is)
↓
現在どこに問題があるか
↓
変更後の業務(To-Be)
↓
まず一部で試す
↓
成果と問題点を確認する
↓
問題がなければ対象を広げる
↓
旧運用を廃止する
ポイントは、「こう変えましょう」ではなく、「こう安全に変えましょう」と提案することです。
100人が使っている業務を、明日から一気に変える必要はありません。
まず5人で試してみる。
そこで、
- 問題なく運用できた
- 作業時間が減った
- ミスが減った
- 利用者からも良い反応があった
という事実を作る。
その結果を管理職に見せる。
PowerPointで説明された「こうなるはずです」という未来より、実際に小さく動かして得られた結果の方が、はるかに強い意思決定材料になります。
現場には「未来」、管理職には「判断材料」、経営層には「意味」を見せる
ここまで整理すると、DX推進では相手によって伝えるべき内容が違うことが分かります。
現場には「未来」を見せる
新しい仕組みになったら、自分たちの仕事がどう楽になるのか。
どんな面倒な作業がなくなるのか。
この点については、「なぜDX推進は現場に届かないのか ― 現場が動くのは『未来』が見えたとき」でも詳しく解説しています。
管理職には「判断材料」を見せる
- 何が変わるのか
- どんなリスクがあるのか
- どう小さく試すのか
- どのように成果を測るのか
経営層には「事業としての意味」を見せる
時間削減だけではなく、業務標準化、属人化解消、人材育成、従業員満足度なども含め、「このDXによって組織がどう強くなるのか」まで説明する。
同じDX施策でも、相手によって必要な情報は違うのです。
それでも変えない管理職はいる
もちろん、ここまでやっても変わらないケースはあります。
十分なデータがある。
小さなPoCでも成果が出た。
現場も変更を望んでいる。
移行リスクも整理した。
それでも、
「昔からこの方法だから」
「自分がいる間は変えたくない」
という理由だけで止まる。
この段階まで来たら、DX推進担当者が一人で説得し続ける問題ではありません。
上位責任者へのエスカレーション、DX推進方針の明確化、評価指標への組み込みなど、個人の説得ではなく組織の仕組みとして扱うべき問題です。
DX推進担当者の時間も有限です。
変わる可能性の低い一人を説得することに何か月も使うより、小さくても動ける部署で成功事例を作り、その結果を横展開した方が組織全体を動かせる場合もあります。
管理職を「ブレーキ」と決めつけない
DX推進が止まったとき、「管理職の理解がないからだ」と考えるのは簡単です。
しかし、その一言で片付けてしまうと、本当の問題を見落とします。
管理職には、現在の業務を止めない責任があります。
変更によるリスクを考える必要があります。
そして、その施策の成果を担当役員や事業部長へ説明する責任もあります。
だからDX推進担当者がやるべきなのは、管理職を説得することではありません。
管理職が判断できる材料を作る。
そして、管理職が上へ説明できる材料まで作る。
現状の業務を可視化する。
問題を整理する。
変更後の未来を見せる。
小さく試す。
定量・定性の両面から成果を測る。
その結果を見せる。
そして問題がなければ、古い運用をやめる。
DX推進担当者がここまで設計できれば、管理職は「DXを止める人」ではなく、DXを前へ進める意思決定者になっていきます。
DXを進めるということは、単に新しいツールを導入することではありません。
立場の違う人たちが、それぞれ安心して次の意思決定をできる状態を作ること。
私は、それもDX推進担当者の重要な仕事だと考えています。
DX推進について、一緒に整理しませんか?
「現場では改善したいという声があるのに、社内調整で案件が止まってしまう」
「DXの成果を経営層へどう説明すればよいか分からない」
「一つの改善を成功させても、他部署へ横展開できていない」
こうした課題は、ツールの知識だけでは解決できないことがあります。
株式会社uniteでは、DX推進室の外部メンバーとして、現場の課題整理、改善活動の推進、成果の可視化、仕組み化・横展開まで伴走しています。
まずは、現在どこでDX推進が止まっているのかを一緒に整理するところからでも構いません。
